「タイのニハウ」

7月4日(晴れ)

 昨日、タイから日本に戻ってきました。
 とても疲れた感じをしまして、超長い睡眠をしました―― 26時間でした、信じられませんでしょう。
(風邪をひいてしまったようです。)

 5日、京都の演奏がありますが、6日は群馬県にもコンサートがありますので、帰って来た体の状態は仕事に影響すると思って、何とかしなければ集中力が落ちます。結局、「寝る」ことを決めました。

 タイのバンコクに3日間でした。王宮、エメラルド寺院、黄金仏寺院などに観光をできました。面白いことですが、中国の石彫刻像をタイのお寺の玄関前にあることをびっくりしました。数百年前に船で運んできたものと聞きました。タイの寺院の建築と合わせながら、そこに立っています。

 大昔の時代には、交通はまだ落後している時代でも、世界各国の文化、経済などの交流を阻められませんでした、これは人間の力でしょう。文明を発達している時代に生きている私たちは努力しなければ、昔の人に負けるでしょう・・・等等を瞬間に思いました。

 もう1つの面白いことがありました、時々、日本人と間違って見られましたが、私は「ニーハオ
(原文はニハウ、以後原文どうりニハウにします)」の声をかけば、70%返事が来ます、タイは中国語できる人が多いとわかりました、とても嬉しかったです。
買い物時に、中国語で便利になりました、英語がよく通じないのに、中国語を通じます、びっくりする発見です。

 一度、私は「I am Chinese」と声を掛けましたが、相手が難しい顔をしていまして、私はもう一度「ニハウ」と声を掛けてみました、山にいるみたいな感じで、返し声
(やまびこでしょうかね?!)がとても多かった「ニハウ、ニハウ・・・」、あ、感動しました、自分がこの国と近くなったように気がしました。

 楽しい、疲れたタイでした。 
わはは、駄洒落でしょうか〜?!謎

(日本だと「ニーハオ」と書くのですが、「ニハウ」の方が音が近いのですね。新しい発見です。 笑)、、、ue


スペシャル 掲示板より抜粋

心を込めて「ありがとう」を‥‥‥ 投稿者:Liu feng  投稿日: 6月 8日(日)02時36分41秒

 幸せな一日でした。とても忙しい一日でしたが、心にずっと残ったまま一日でした。言葉で、更に日本語で今頃の気持ちを書くのは、私としてとても無理なことですが、頑張って書きます。

 皆さんと二胡で出会って、私の人生の中にどんな豊かになることでしょうね、「ありがとう」の言葉は表現が足りないことを実感しました。言葉の以外、音楽が人類に長い間で必要とすることは、言葉次第に表現できないものを表すのはひとつの原因でもあるでしょう。

 今日の発表会はそれぞれ素晴らしい演奏をできて、とても感動をしました。発表会の皆さんが独奏する時、私は会場に入ったり、出たり、ドアの外から耳を向けって聞いたりして、とても落ち着かなくて、緊張の気持ちがいっぱいいっぱいでしたが、最後の方の演奏を終ったところに長い〜、長い〜息を吹きました、初めての体験の方が多いですので、何とかをしなきゃと思いましたが、皆さんは緊張の気持ちがありながら、頑張っている姿と感動させる演奏をしました、普段の時より、もっと私に刺激をさせてくれました。大合奏の時、皆さんのパワーにとんとん私の体を打たれて。また、皆の前に涙を流すことが嫌で、最後の一瞬間に会場から逃げ出しました。最後の閉まりは私のせいでわからないようなまま感じで流れてしまいました。ごめんなさい。大変お疲れ様でした〜。
 今日、大勢のお客さんがいらっしゃって、暖かい、励み拍手を頂きまして、ありがとう!!!私の周りに応援してくれる方々がいることを感じまして、心強くなりました。

 また来年のこの時間にもっと素晴らしい発表会をできるよう、皆さんと一緒に頑張りたいですので、是非是非よろしくね。
 


「心の準備を十分にすること。」

5月29日(木)  (晴れ)

 2003年の生徒発表会の日が近くなりました。

 先日、二日間連続で、横浜教室と東京教室のリハーサル及び発表会の最後の大合奏のリハーサルを行われました。皆さんはやはり緊張し、手が震えて、普段の演奏ができず、楊琴伴奏の音を聞くと、自分の旋律が忘れてしまいました。

 その状態は予想したとおりですね。でも、それは良いことだと思います。吃驚させて、心の準備をもっと十分にすること、ステージに上がったらもっと恐ろしいことを発生するかもしれないことをわかってもらって、十分の練習をした後、本番の時に緊張しても、普段の練習時の80〜90%を演奏できます。

 良いリハーサルできたと思います。きっと皆さんは発表会の時に、私の心をなぐりつける(?)演奏を出来ると思います。

今回は、もう泣かないつもりだけど‥‥‥。

(大阪での発表会では生徒の大合奏に感激してワンワン泣いて、お化粧がボロボロ流れちゃってね〜〜(笑)


「秘儀 自然ビブラート」

3月29日(晴れのち曇り)

 今日、とても大変な一日でした。

 午後の国際交流江戸川お花見で、生徒さんたちと一緒に演奏をするのは、朝の
9:00から日比谷野外大音楽堂で夜の「江戸成府400年記念事オープニングイベント桜座」公演に行われるリハーサルをした後のことでした。

 新小岩駅からタクシーで十分ほどのグリーンパレス、私は着いたところに、生徒さんたちもう練習しています。皆さんの真面目な顔をして、演奏する曲を一回もう一回で練習をしていました。とても綺麗な音でした。チャイナ服を着替えて、皆は本当に素敵でしたよ。

夜の演奏があるため、私が演奏した後、すぐに日比谷に向かいて出ましたが、なんか不安な気持ちでした。皆さんを残って演奏するには少し心配がありますが、皆さんの明るい顔を見て、「任せて」と言う声が聞こえるよう、安心でタクシを乗りました。
タクシーの運転手から聞かれまして、今日はここが何をしていますか?私はとても自慢で私の生徒さんたちが演奏ですよと答えしました。
 
 日比谷野外大音楽堂の夜は、とても寒いでしたね。今日の独奏の演奏する曲は「二泉映月」でしたが、私と中国の古筝、琵琶、揚琴三名演奏家合奏曲とそれぞれの独奏をしました。

素晴らしい照明と音響をした大きなイベントの中に、舞台監督に私たち四人演奏の間、ずっと舞台に作った高い台の上で演奏をすると決められ、客席では露天、舞台に北風がどんどん全身に振ってきていて、背中、足もものところに五枚ホカイロ
(ホッカイロですね)を張っていましたが、全く効きません。ホカイロは冷たいが感じました。

私の「二泉映月」演奏する前は、三人の独奏がありまして、一番最後の私、演奏の時にもう手は完全に冷たくて、無感じでした。「自然ビブラート」(手が震えていること)を掛けて、やっと演奏を完了、最後の合奏曲「花好月圓」は速い曲で、必死でした。

 もう風邪をひくじゃないかを思いましたが、家に帰って洗濯までもして、元気で無事なようでした。大変な思い出になる一日でした。
 


「ピッチは440」

3月13日(木)晴れ

 昨日の晩、9:15から今度の3月29日のお花見で劉鋒二胡研究会の生徒さんの合奏を合同練習でした。皆さん頑張って難しい楽譜(私が編曲したもの)を弾いている姿を見て、とても感動しました。

部屋が狭いし、時間も遅いです。その時に、私は先生としてとても素敵な生徒さんの為に何をするべきと思いました。教室の中には、本当に素敵な生徒ばかり集まっていることで、いつも誇りを持っています。
時間が遅いですので、皆さんの帰る時間を気になって、余裕ができないところに、生徒が笑った顔を見て、あ、少し気楽にしないとっと自分が感じしました。
いつもこういう反省しながら、いろいろと勉強になりました。

 合同練習にはやはり私のことわり
(こだわりね!)「440のピッチ」でやりました。440のピッチは二胡として優しい音色を出せると思って、いつも私の生徒に教えています。だけど、コンサートの時に、チュウニングを頼んだら、いつも変な顔をされますね、やはり面倒なことですので、「皆は442をしているのに」を顔に書いてあることがいつも感じましたが、でも、「やはりできるなら、440にしたいです」と頑固な二胡奏者である。

音楽って、いろんなことを厳しく求めながら、人間の気持ちを正しく表現するでしょう。楽器は音楽を表現する道具として、楽器自身は一番表現できる仕方でやるべきです、厳しく求めことは私たち、音楽をやっている人間の責任でしょうね。


「ノクターン」

2003年  2月24日(月) 雪のち雨 

 今日の午後の練習は結構大変でした。
最近はショパンの「ノクタンー」を練習しているところですが、やはり1つのところにうまくいかなくって、どうしても自分が納得するまで練習を続けないと嫌だし、気持ちはすっきりしません。このことが今日中で解決するには無理でしょう、今晩は眠れませんね。

練習は体の疲れじゃなく(練習は何時間を続けても、体が疲れたと言うことは全然ないです)、うまくいかない時に、頭が困難します、そう言う時に、「もう〜これ以上、頭がうまく廻さない、疲れた」と時々なります。

今回はどうすればショパンの音楽に基づいて、二胡の特徴を出しながら、自分らしい「ノクタンー」を合理的にすることで、苦労しますね。

あ〜、もう少し考えよう、もう少し練習ですね


「時間との競争」

2003年 2月13日 木曜日  23:40 

 今日、新しいドメイン サーバを登録した後に、新しいアドレスをもらったので、新しいアドレスを使ってみようと思って、パソコンを弄っていましたが、うえちゃんに教わられたやり方でメールを送ろうとして、全然できませんでした、時間が無駄を使いました。
(私がやったときはちゃんと出来たので先生の何か間違いです。先生は機械とかって苦手なんです、、管理人)

時間を無駄するのは、いつもとても不安な気持ちが油然します、誰にも罪を加わられませんが、罪を感じます。幼い頃、二胡を習い始めた時、学校に行きながら、家で二胡の練習をしましたが、その頃から、毎日の時間が足りないぐらい、いつも時間と競争していました。(先生は今でもそうだよ!)

遊びと思ったら、親から厳励な訓斥にされますし、自分も情けないと思いました。今頃、二胡を練習する以外に、いろいろなことをしなければ行けませんと思って、時間を水の流れのよう、どんどん使ってしまいましたので、いつも自分に「いいの?」と反省していますが、結局、わからないまま‥‥‥。