年末スペシャル
「寒い国から」 劉鋒老師のメールより
12月28日 長春滞在中の劉鋒老師からです。部分抜粋で紹介します。
【長春市】
"北国春城"と呼ばれる緑の多い、北国情緒あふれる街。中国吉林省の省都
で、面積は18881km2、漢族、回族、朝鮮族、壮族など37の民族が住んでおり、
総人口は678万、そのうち市区の人口は274万。
長春市は1800年に創建され、1932年3月1日、中国支配を目指した日本はつい
に「満州国」を建国し、長春を首都「新京」と改称し,今は、吉林省の政治、経済、文化、交通の中心となり、車
の生産地、映画の作り街、また、全国から優秀な学生が集まる大学の街でもある。広い土地と豊かな資源をも
とに、300余り種類の野生植物が自生しており、34種の貴重な動物も生息している。また、鉱物の豊富さと緑
の豊かさも長春市の誇りとして、世界中の人々に知られている。(画像はイメージ)
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26日の午後に長春に着きました。同日3時頃、飛行機は長春の空の近くに飛んでいるところで、窓から月が
見えました。長春に着いたすぐに空はだんだん暗くなって、4時30分頃、周りは夜の感じになりました。
長春の現在気温はマイナス28度です。半月前に降った雪はそのまま残って溶けません。道路の雪は掃除
して道の両側に積めています。車は外に長く止まったら起動(パソコンみたいです!)をできなくなると聞
きました。これからもって寒くなるとも聞きました。
長春の新しい空港は数年前から建て始めまして、まだ建設中です。
今使っているのは古くて小さいな空港です。飛行機から降りて外に歩いて空港ビルの中に入ります。
今この空港は軍用空港と一緒になっています。軍用戦闘機の姿が少し見えています。
今日の夕方に車で10分くらい距離のスーパーに買い物しましたが、外で少し(ほんの1分間)歩いたら足先が
冷たくて痛くなりました。帽子やマフラなどなどをして、体が外に出している部分はただ目だけです。
その気温の中には本当に何もしたくなくなります。頭も。これは今の私の実感です。
暖かいの部屋の中にぼーっとして冬眠しそうです。
劉鋒より
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「雨にも負けず風邪にも負けず...」
10月11日(曇り)
6日宮崎のNHK歌謡コンサートの生放送から東京に戻って風邪を引いてしまいしまた。
台風22号が来ると知っていたまま横浜教室のレッスンに傘を持って出かけました。レッスンは夕方に終わっ
て、外を見たら凄い暴風雨でした。その日にいらした生徒たちが「先生、気をつけって帰ってくださいね」
と優しく言ってくれました。
最後のグループの皆さんは自分より私のことを心配している様子で帰りました。残った私は風邪の調子がだ
んだん苦しくなって、タクシーをつかもうと思ってかなり無理矢理に外へ出た突端、頭から足まで全身べしょ
べしょ(びしょびしょ!?)に濡れました。
家に帰って普通の2倍の風邪薬を飲んで翌日に金沢でのコンサート曲を練習し。すると風邪はますますひどく
なって、とても辛かったです。でも、万一熱があるとわかったら起きられなくなると思いまして、その時は
体温を測る勇気がありませんでした。
昨日、「金沢城四季物語 未来に誘う音の回廊 コンサート〜城を弾く〜」という金沢城の野外コンサー
トに(羽田発の)10:00の便で金沢へ出発。自分にずっと「大丈夫、大丈夫」と言いながらその日の仕事を
始まりました。
金沢に着いてすぐにリハーサルを開始。15分の一人演奏の(独奏)以外にピアノ、パーカッションと50分
のプログラムはだいだい映画音楽が編曲された曲です。<日曜日はだめよ>、坂本龍一<Merry
Christmas
Mr.Lawrence>、<私を野球につれてって>などなど。二胡はメインです。ピアノの村松崇継さん、パーカッ
ションの山下由紀子さんは初めて一緒に演奏する素晴らしいアーティストです。50分のプログラムは全部当
日リハーサルのみ(だけです!?)です。
本番からしばらく、雨が降り始めました。その後の1時間ほどは大雨になったり小雨になったりしていま
した。しかし、その日にお越ししている1000人くらいのお客さんは傘や布(シートやヤッケのフードとかハンカチ
とか、、。)などのものを出し始め、誰も帰る気がありません。そして大きいな拍手も抜かずにしてくれました。
楽器は雨に濡れていけないとスターフ(スタッフのこってすね!)たちはただ数分だけの凄いスピードでステージ
にビニルの屋根を作りました。
そのままの状態でコンサートを2回と一時停止になって最後のプログラムまで続けました。
それよりまた全然考えもしていませんこと、演奏を終わった後に大きいな拍手が雨の中に続けて、準備もし
ていなかったアンコールに2曲でした。私の心を震撼された金沢城の野外コンサートは雨の中に無事にでき
ました。
風邪はそのコンサートを始まり突端にどこへ飛びました。体の調子はかなりよくなりました。
一つとても残念なことですが、カメラを持っていきましたが、雨やいろいろなことで撮ることが完全に忘
れってしまいました。
※かなり熱が有ったのかも知れませんが、演奏で吹き飛んだようです。アンコールはどんな曲をやられたのでしょうね〜?
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「ミサさん」
7月24日(晴れ)
奈良から東京に戻りました。
奈良は猛暑でサナルームみたいな感じで、とにかく暑い日でした。
東京の暑さはまだいいほうです。
昨日、奈良県文化会館国際ホールで「城の内ミサ コンサート」にミサさんのピアノ、フルオーケストラと一緒に
演奏しました。
ミサさんの曲を演奏し始めたのは4年前のことです。それ以来ミサさんの全部のCDの二胡演奏を担当させて頂
いています。そしてミサさんのコンサートもいろいろとずっと楽しくやっていました。ミサさんはとてもおおらかな方
で、音楽に対する豊かな感性を持ち主です。同じ女性でもあり、本当に親しくなりました。
CDの録音の時や、コンサートでもミサさんの音楽世界に感動されながら自分の出来る範囲で一所懸命ミサさん
の曲の中のイメージを理解しようと思って演奏していました。ある演奏する時に、なんでミサさんの曲の中にそん
な素晴らしい映像を頭に次々浮かんでくれるだろうと不思議でしょうがないです。魔法みたいなものだと思います
。いつも演奏した後に満足感が溢れます。昨日もそうでした。本番前のリハーサル時に私のデジカメでミサさんと
一枚写真を取りました。
私は「私のHPに載っても良いですか」と聞きましたら「いいよ、いいよ。私のところに一緒にルーマニア、マケドニ
ア、中国へ行った時の写真もありますよ。今度メール添付で送ります。載せてね」と言いました。
音楽っていいですね。音楽の中や音楽の周りにいろんな人生を創り、そして無限な感情体験をできること、本当
に音楽をやってよかったとそもそも感じます。

リハーサル時に城の内ミサさんとショッ。
なぜか劉鋒さんがデジカメを持っていました(笑)
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| 「4分の3 〜8分の3」 2004年7月5日(晴れ)
7月4日の昨日、岩手県大東町の室蓬ホール開館5周年記念で,アジア民族アンサンブル「羅音」コンサートに
二胡演奏で参加しました。
日本、中国、韓国の楽器をそれぞれの演奏、そして合奏で日本の曲「さくら」、中国の曲「茉莉花」、朝鮮の曲
「アリラン」をとても楽しく演奏できました。韓国の楽器演奏は全員韓国から呼んで来た奏者の方々です。
地元の合唱団と また「草原情歌」「故郷の春」「ふるさと」「そうらん節」を仲良くやりました。
全部の曲をその編成に合わせてうまく編曲しています。
普通に考えられない編成ですもの。とてもよい経験をしました。
日本の楽器:尺八、21弦筝、17弦筝、篠笛、太鼓
中国の楽器:二胡、琵琶、揚琴
韓国の楽器:伽耶琴、ピリ、杖鼓
本番の前日である3日に東京の新国立劇場でリハーサルでした。
私とって一番大変の作業になったのは韓国の「アリラン」です。
編曲されたものですが、中国や日本の音楽の中ではかなり少ないリズムで:4分の3
― 8分の9 ― 8分の10
― 8分の3を連続的に変化させます、二胡はやはりいつもの通りでメロディを主導して演奏します。
杖鼓と太鼓のリズムを必死に聞きながらなんとかやりました。本番の前にはやはり心配でしょうがなくて、杖鼓
の李さんにリズムのコツを教えてもらって、やっと無事に演奏をできました。本当によく勉強になりました。

当日のリハーサル画像
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| スペシャル 掲示板より抜粋 |
■ありがとう〜! 投稿者:Liu Feng 投稿日:
6月 7日(月)06時03分43秒
発表会の後にかなりの疲れが出て、次の演奏にも廻され掲示板で皆さんと
話することができませんでした。
前日の発表会で皆さんが一年の中によく頑張ったことをかなりわかりまし
た。皆さんは上々に前へ進んで行くことを普段レッスンする時に少しつづ見
えていますが、発表会で全体的に聞くことによって本当に感謝の気持ちが
いっぱいです。一生懸命専念して教えるのは私の責任ですが、生徒さんが応
じてくれなければ何にもならないでしょう。皆さんは努力して一生懸命頑張
って今回の発表会に素晴らしい演奏をしていました。私は皆さんにありがと
うといいたいです。個人演奏やらグループ演奏でも一人つづ演奏がとてもよ
くなったことを全部で目に耳に感じました。聞きながら私はいろんな難しい
曲をさせて緊張していいのかを反省していました。でも皆さんは良く私の気
持ちをわかってくれていることも感じました。
皆さん、本当にありがとう!良く演奏してくれました。誇りと思っていま
す。
発表会の時にまだ舞台のセットや音響のやり方などいろんな私が考え不足
なところは来年の発表会に私の宿題としてよく考え直します。もっともっと
楽しい良い発表会をしましょう。また一年を掛けて頑張って一緒に楽しみし
ましょうね。
発表会に聞きにお越しした方は来年の発表会に又応援お願いしますね。是
非宜しくお願い致します。
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「ほんとの『奇跡の二胡』でした」
2004年5月31日 晴れ
長い時間を掛けて準備した第301回日経ミューズサロンで「劉鋒二胡の
響き」コンサート。本日、東京の大手町にある日本経済新聞社の「日経ホー
ル」で無事に終わりました。私はホッとため息をつきました。
コンサートにご来賓の中には数ヶ国の大使館の大使及び日本のトップ会
社のトップの方がいました。勿論、中国大使館の方々もいらっしゃいまし
たよ。演奏が終わって日経新聞の杉田社長はじめ多数の方が参加で盛
大なパーティーが行われました。パーティーで中国大使館の武大偉大使
と会いまして、(コンサートで弾いた)「二泉映月」を話題にして話をできま
した。 ■中国大使と記念撮影
立食パーティーですので、私のハイヒールの靴はかなり厳しい(状態!)でし
た。足が痛かったです。会場には一つの椅子もありませんでした。いろんな方
々との話している間に私の頭の中にはずっと「私の足、私の足」と言う言葉が
廻っていました。、、情けないと思いました。
今、コンサートの前のリハーサルを思い出しても恐ろしいと感じます。ホール
の響きに慣れない私とピアノの田中さんは、リハーの時にぜんぜん曲が合わ
なくて、私は泣きたいくらいの状態でした。ピアノの位置を何回も日経ホール
の方に移動してもらって、私の位置もこっちあっちに移動してどうしてもうまく
行きませんでした。そういう状態のままでリハーが終わられました。リハーが
終わった後、日経新聞の方から「ホールはお客さんが入ってきてから音響が ■日経新聞 杉田社長と
よくなる」という事を教えてくれました。
私はその話に疑問を持ちながら本番前の準備を進んでいました。「今日は私の二胡と一緒にステージに死んで
しまうかな〜」とかなり心配している気持ちのままに舞台へ向かって歩き出しました。
一曲目の最初の音を出していた突端に奇跡が起きました。リハーサルの時と全然違うはっきり聞こえる綺麗
な二胡の音が私の耳に入ってきたのです。その時の感動は今うまく言えません。これも泣きそうでした。「今日
は死ねないわ」と思いました。その後のことは音の流れに任せて私は自分の音楽世界に入りました。楽しい、
嬉しい、苦しい、寂しいいろんな味わいができました。
今日のコンサートの一番嬉しいこと:話をしなかったこと。演奏に集中できることは私としていつもの望みことで
す。
※当日のコンサートはマイクを使わない「生演奏」で劉鋒さんはかなり心配していたようでした。私が事前に少
し脅しましたが、、。(笑) 劉鋒さんは相変わらず演奏中は「別人で厳しい顔」、、、、演奏終了後「笑み」を見せ
るだけ、ピアノの田中さんも同様でして曲名、解説、自己紹介、いわゆるMCは一切無い厳かな演奏会でした。
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| 「魅惑のオオトロ事件」 2004年3月31日(晴れ)
先日、刺身を食べたくてちょうとその日の近所の魚屋さんの大とろを見てとても魅力的だと思いまして、買って
一気に食べましたが(大とろが大好き)、大変なことを起こしてしまいました。
深夜から胃が痛くて、、、。食べすぎでしょうかね?!
中国の漢方胃薬と日本の薬を両方一気に飲んで少し良くなった感じですが、夜の通常練習は辛くになりました
。力がなくて、少し激しいところの練習を何回繰り返したら目が廻してしまいます。
―自行自得―。
※劉鋒さんは、中国人ならぬ中間人なので「お刺身」とか「お寿司」が大好き。特ににぎり寿司はお値段高い系
がお好みのようです。自宅のご近所のお寿司屋さんにたまに突撃している様子です。
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| 「上海の雪」 2004年2月15日 雪
今日は、雪の中を長野県の諏訪から車で、一時間ほど離れたところの伊那市にある「かんてんぱぱホール」
を下見に行きました。今度4月24日にそのホールでコンサートをやる予定です。
昨晩、上諏訪にあるホテル華乃井で「バレンタインコンサート」をしました。ホテルの主催側の方が私の名前を
載せたチョコレートをいらっしゃるお客さんに配っていました。
私の以外のメンバ-はピアノ、フルート、ベース、ドラムでした。ピアノの木崎二朗先生は
司会でいつものとおりと同じ優しい言葉で、「意地悪なジョーク」を飛ばしてました。お客さんには、とても面白い
ジョークをプレゼント出来たと思います。
木崎二朗先生と初めてお会いして演奏した時は、こだわりが多く固い私は「意地悪な冗談」に参りましたが
ね、、、、、。でも、このごろは本当に平気で聞いていられるようになったのは自分もびっくりする程です。人間っ
てどんなことにも慣れるものだね〜と感心しました。とても楽しいコンサートの夜でした。
その晩、演奏をした同じホテルに泊まりました。朝、目が覚めて窓側から白い世界にぶつかりました。あ、雪
だ。久しぶりの雪です。雪が大好きな私は雪がないところに住むのは不満の一つです。
上海での幼い頃の私は、雪が降る日には、いつも部屋の中から長い時間 外の雪景色をずっつと見ていました
。当時、上海のなかでも、フランスの租界地にある街に住んでいました。私の家のそばには、昔、フランス人が
建てた洋風の建物(私の上海の家もその建物の中の一つです)がいっぱいありまして、道のところに「梧桐樹」
(アオギリ)という木がずっと目が見えなくなるところまでにありました。
人口が多い上海の中では珍しくその道ではいつも人が少なく、しかも静かで、私は大好きな道です。冬になると
、上海でも雪が時々降りました(今は季候が暖かくなってから雪が降らなくなりましたけど、、)。

おちしゃまさんな劉鋒(4歳)
雪はいつも夜から降り始めました。朝起きたら建物の屋根のところや道路などに白い世界を作りました。「雪
姫」の中の風景を子供時代の私は想像していました。雪の日はいつも一人で窓から外を見ていました。
たまに外では子供が遊んでいる姿も見えて(私の母は絶対に私が自分で(1人で)遊んだりすることを禁止して
いました)、部屋の中で時々に母が弾いているピアノの音が聞こえて、とても幸せな日々でした。その時の記憶
の訳かもしれませんが、雪がとても好きです。今日は日本の信州でまたその心情になりました。

※劉鋒さんのお母さんは学校のピアノの先生をしていました。小さな頃は大きなお屋敷に住んでいた箱入り娘
ですね〜。しかも、一人っ子です。屋敷から勝手に出て行ったら駄目だった様です、、。って聞いた話からの想
像なんですがね、、。 (笑)UE
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